大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口地方裁判所 平成11年(行ウ)9号 判決 2000年11月28日

原告

中光弘治

被告

山口県知事

二井関成

右訴訟代理人弁護士

塚田宏之

山中修身

右指定代理人

萬屋卓治

外五名

主文

一  被告が原告に対し、平成一一年五月二〇日付けをもってした別紙文書目録記載①ないし③の各文書を開示しないとの処分をいずれも取り消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告が原告に対し、平成一一年五月二〇日付けをもってした別紙文書目録記載①ないし④の各文書を開示しないとの処分をいずれも取り消す。

第二  事案の概要(原告が「議員調査費」、被告が「調査費」又は「県政調査交付金」との呼称を用いる金員については、県政に関する調査研究に要する経費として県議会の各会派に交付されるものであると解されるから、県議会の各会派に対する県政調査交付金要綱」(乙七、以下「交付要綱」という。)にならい、「県政調査交付金」と表示することとする。)

本件は、原告が、山口県情報公開条例(平成九年七月八日山口県条例第一八号、以下「県公開条例」という。)に基づき、右条例の実施機関である被告に対し、県政調査交付金に関する別紙文書目録記載①ないし④の各文書(以下同目録記載の文書をその項目番号に従い「本件文書①」のように表示し、本件文書①ないし④をまとめて「本件各文書」という。)の開示を請求したところ、被告が、右請求を却下する旨通知したので、原告が、被告は本件各文書を開示しない処分をしたと主張して、右処分の取消しを求めた事案である。

一  関係法規<省略>

二  基礎事実(争いがない。)<省略>

三  争点

1  本件処分の法的性質

2  本件各文書は、県公開条例二条一項に定められた「公文書」か否か。

四  争点に関する主張<省略>

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  前記の基礎事実記載のとおり、原告は被告に対し、平成一一年五月一三日、本件請求をしたところ、被告は、同月二〇日、県公開条例を実施機関としておらず、かつ本件各文書は県議会が保有する文書であるから、本件各文書は県公開条例二条二項に定める公文書に該当しないことを理由として、本件請求を却下するとの決定をしたものである。

2  そこで、右の決定の法的性質について検討するに、これに関する被告の主張は、民事訴訟手続においては理論上、「却下」と「棄却」が分けられていることからすれば、直ちにこれを理由がないものとすることはできないが、乙第三号証によれば、県手続条例の規定上、形式的要件に適合しない公文書公開の申請をした者に対する処分(同条例六条)も、その他の理由により開示を拒む処分(同条例七条)も、いずれも「許認可等を拒否」する処分として定められており、いずれの場合に該当してもその後経るべき手続は変わらないこと、右の許認可等を拒否する処分をする場合は、その理由を示さなければならず(同条例七条)、これにより形式的要件に適合しないのか、その他の理由によるのかは明らかになることが認められるのであって、これらの点に照らせば、本件において却下と棄却とを分別することは意味がなく、本訴請求の当否を判断する上で必要不可欠の争点をなすものとはいえない。そして、本件においては、被告のした本件請求を却下するとの決定は、右の許認可等を拒否する処分であるということができるから、本件処分は、これを端的に「本件請求を拒否する処分」として把握すれば足りるというべきである。

二  争点2について

1  証拠(乙一、二、四ないし九、一一、一三、一八)及び弁論の全趣旨によれば、本件各文書の作成、編集、保存に関する手続について、次の事実が認められる。

(一) 行政文書の作成及び保管は、県議会においては事務局処務規程に基づいて、知事部局においては文書取扱規程に基づいてなされるが、その一般的な過程は次のとおりである。

(1) 文書の作成にあたり、まず、作成者から起案という形で、県等の意思決定としての伺いを立てることになる。右の起案文書は、直接の上司の審査と決裁(承認)を受けて意思決定されるほか、必要に応じて他の関係部課長の審査を受けるため、回議書として合議され、又は供覧された後、起案者の手元に戻される。

(2) 決裁後、文書の浄書や発送、又は支出等の事務手続を経た文書は、起案者の所属部署において、整理、保管及び保存がなされる。

(二) 被告は、事務決裁規程に基づき、県議会事務局の職員を併せて山口県知事部局の職員として任命し(以下「本件併任事務吏員」という。)、この職員に対し、被告に権限が専属する予算執行事務や会計事務について専決又は代決権限を与えて補助執行させている。本件の県政調査交付金に係る予算執行事務も併任事務吏員の専決又は代決権限事項に属する。

(三) 県政調査交付金の申請・交付に関し、具体的に採られている手続は次のとおりである。

(1) まず、各会派から被告に対し、併任事務吏員がいる県議会事務局総務課に提出する形をとって、請求金額、事業概要、出納責任者等を記載した被告宛の交付申請書が提出される。県議会事務局総務課は、右の申請書を添付した経費支出伺書と交付決定伺書を作成する。右の各書類は、県議会事務局長の決裁を受け、財政課長、会計課長に合議された後、県議会事務局総務課に送付される。右の各書類のうち経費支出伺書は、事務局処務規程に基づいて県議会事務局総務課で保管されるとともに、県政調査交付金が支出されることになった場合、本件併任事務吏員により被告の交付決定のため事務処理がなされ、県議会各会派に対し、交付決定通知が送付される。

右のとおり送付された交付決定通知書は、各会派で保管される。

(2) 交付決定の通知がされた後、各会派より県議会事務局に請求書が提出されると、県議会事務局では、予算執行のために必要な文書である支出負担行為票と、経費の支出のために必要な文書である支出票とを合わせた支出負担行為・支出票が、右の請求書を添付して作成され、本件併任事務吏員により、支出負担行為票に被告の決裁がなされ、出納長に対する支出命令がなされる。右の支出票は、本件併任事務吏員の決裁後、出納長に送付される。そして、出納長により支出負担行為や支出命令の審査及び支出命令の確認が行われた後、県議会事務局会計課にて指定金融機関への支払依頼がされ、県政調査交付金が各会派へ支払われる。そして、支払負担行為・支出票は、出納長が編集した後、出納局から県議会事務局に送付され、交付申請書と同じく県議会事務局総務課で保管される。

(3) 県政調査交付金の支出がなされた後、各会派は、収支関係を明らかにする帳簿等を備えて保存し、収入・支出の各決算額等を記載した被告宛の収支決算書を調製し、県議会事務局を通じて提出する。右の収支計算書は、提出を受けた県議会事務局でそのまま保管される。

(4) 県政調査交付金の支出に関する領収書は、県政調査交付金の交付申請書の提出から収支決算書の提出に至る過程で、県議会事務局に対して提出することは求められず、各会派で五年間保管される。

2  争点2についての判断の前提として、本件各文書が本件において具体的にどの文書を指すのかについて判断する。

(一) 本件文書①は、「交付申請書又はこれに類する文書」であるから前記の交付申請書がこれに該当する。

(二) 本件文書②は、「支出に関する支出金調書又は交付金額のわかる文書」であるが、「支出に関する支出金調書」との文言からすれば、県政調査交付金を請求する立場で作成された文書ではなく、県政調査交付金の請求を受けて支出をするに当たって作成された文書を意味するものと解される。そして、本件において右の文書に該当するものは、前記の支払負担行為・支出票である。

(三) 本件文書③は、「実施報告書又はこれに類する文書」であるが、「実施報告書」との文言からすれば、県政調査交付金の交付を受けて、右費用を使用した立場で作成された文書を意味するものと解される。そして、本件において右の文書に該当するものは、前記の収支決算書である。

(四) 本件文書④は、「費用の使途に関する領収証又はこれに類する文書」であるから、前記の領収書がこれに該当する。

3  以上を前提として、まず、争点2のうち、被告の職員が本件各文書を作成又は取得したものといえるか否かについて判断する。

(一)  本件文書①及び③は、県議会の各会派が作成し、県議会事務所を通じて被告に提出することにより、本件文書①は県議会調査費の支出を求めるために、本件文書③は被告がする支出の確定のために、いずれも被告の併任事務吏員が取得した文書である。

したがって、右の各文書は、被告の職員が職務上取得した文書であるということができる。

(二)  本件文書②は、県議会事務局で作成されるものの、併任事務吏員の専決又は代決を経ることにより支出命令が成立するために必要な文書となるのであるから、被告の職員が職務上作成した文書であるということができる。

(三)  本件文書④の作成者は、その性質上被告の作成に係る文書ではないことは明らかであり、また、被告が職務上取得したと評価するに足りる事実は存在しない。

原告は、地方自治法上予算の執行権限及び公文書類の保管権限を有する被告は会計規則一二三条により文書の保管義務をも負っているのであるから、予算執行に係る文書である本件文書④も当然に被告の職員が作成又は取得したと評価すべきとの見解に立つものと思われるが、県公開条例が「保有」とは別に「作成」又は「取得」という要件を定めており、本件文書④が、終始県議会の各会派の下に存在することに鑑みれば、事実上はもちろん、法律的な意味においても、本件文書④を被告の職員が取得したと評価するに足りる事実を認めることはできない。

(四) したがって、本件文書①ないし③は、被告の職員が「作成」又は「取得」した文書であるということができるが、本件文書④は、被告の職員が「作成」又は「取得」した文書であるとは認められない。

4  次に、争点2のうち、被告が本件文書①ないし③を保有しているものといえるか否かについて判断する。

(一) 「保有」の意味について

(1)  県公開条例は、地方自治法上知事の権限とされている公文書の「保管」(同法一四九条八号)とは異なり、あえて「保有」との文言を使用した規定を定めているのであるから、「保有」の文言については、法的支配ではなく、事実上の支配という観点から決すべきものであるかのようにも思われる。

しかし、右のように解すると、山口県又は被告の文書保存に関する内部規定を変更し、文書を保存する場所を変更すれば容易に「保有」しているか否かを変更し得ることになる。このことは、山口県がその行政の諸活動について県民に説明する責務に基づいて、行政の透明性の向上を図るため、その保有する公文書の開示を求める県民の権利を明らかにするとする県公開条例の目的(同条例一条参照)から離れ、恣意的な取扱いがされる余地を残すことになるのであって、このような同条例の解釈には重大な疑問がある。県公開条例が右の「保有」の要件の意味内容を明確に定めていない本件においては、文書の保存につき定められている地方自治法及びその下位規定の趣旨及び文言に照らして、専ら文書を支配する法的権限の有無によってその意味内容を定めざるを得ない。

(2)  この見地からすると、「保有」とは、文書を支配するための法的権限を有することを意味するものと解するのが相当である。

(二) 「保有」の主体について

本件文書①ないし③を「保有」している主体、すなわち、本件各文書につき、それらを支配する法的権限を有している者は県議会か被告かについて判断する。

(1)  県議会の議長は、議会の事務の統理権(地方自治法一〇四条)、議会の庶務に関する事務局長等の指揮監督権(同法一三八条七項)を有するが、予算の執行権は被告に専属し(同法一四九条二号、なお、同法一一二条一項、一八〇条の六参照)、また、現金の出納保管等は出納長又は収入役の権限とされており(同法一七〇条一項、二項)、県議会の議長の統理する事務には予算の執行に関する事務や現金の出納保管等に関する会計事務は含まれていないから、県議会の議長が右の権限を有するということはできない。

被告は、県議会又はその議長が、一定の範囲内での予算執行権限を有すると主張し、予算執行に関連して県議会、その議長又は県議会事務局が関与する場面が存在することは否定できないものの、前記の事実関係に照らせば、交付申請書や収支決算書は被告宛に提出され、右の関与は、知事の権限が円滑に行使されることを目的として事実上行われているか、又は県議会に配分すべき予算の範囲を被告が決定した後、細部に亘る事項について県議会に委ねている限りでの関与にすぎず、右のように被告から委ねられた部分についても、結局は本件併任事務吏員の如く被告の専決又は代決権限を有する職員による事務処理を要することが認められる。そして、乙第七号証によれば、交付要綱に定めのない事項で必要なものについては被告が定めることとされていることが認められ、これらの事実関係に照らせば、県議会又はその議長が被告から独立した予算執行権限を有しているということはできない。

(2)  他方、被告は、地方公共団体を統轄する地位にあり(地方自治法一四七条)、前記のとおり、予算を調製・執行する権限と義務を有し(同法一四九条二号)、予算に関する調査権を与えられている(同法二二一条)。また、被告の監督下にある出納長には、会計事務の一環として、決算の調製権が与えられている(同法一四九条五号、一七〇条二項七号)。

また、被告は、公文書類を保管する権限を有し(同法一四九条八号)、会計規則中には、出納長に伝票等についての編集義務を課す規定(同規則一二一条一項)や、文言上は主体を限定せずに、右伝票等の保存義務を定めた規定が存在する(同規則一二三条)が、出納長が県議会事務局から支払負担行為・支出票の送付を受けて支払いに係る手続をした後、他部署において文書を保存する旨の規定は存在しない。

右のような被告の権限及び義務や、伝票等に関する規定に鑑みると、被告は、予算の執行を終了した後も、当該予算執行に関する文書を出納長を通じて保管する権限と義務を有しており、会計規則一二三条の主体は、同規則一二一条と同様に、出納長であるというべきである。

(3) 以上に検討したところによれば、本件文書①ないし③を支配する法的権限を有する者、すなわち、その「保有」の主体は被告と認められる。

(4)  被告は、会計規則一二三条が伝票等の保存主体を定めておらず、事務処理規定では伝票等を県議会事務局総務課長が保存すべきものとされていること、また、事務処理上、伝票等は被告が保存する必要性に乏しい反面、担当部署に存在する必要性があることから、本件文書①ないし③を保有するのは被告ではないと主張するが、前説示のとおり、県公開条例にいう「保有」とは、法的支配権限の有無によって決すべきものであるから、県議会事務局の担当部署や担当者が右の文書を現実に保存・占有しているとしても、そのことが「保有」の要件に影響を与えるものではないし、現実にされている保存・占有は、法的には本件併任事務吏員の職務の補助として行なわれていると解すべきものであるから、被告の右の主張は理由がない。

また、被告が、本件文書①及び③は伝票等に該当しないと主張するが、前記のとおり、被告が予算執行に関する文書を保管する権限と義務を有していることに照らせば、現実にされている右の各文書の保存は、被告が、会計規則一二三条に基づき、出納長を通じて行っているものであり、右の各文書は伝票等に該当すると解するのが相当であるから、被告の右の主張も理由がない。

更に、被告は県議会の自律性をも強調するが、県政調査交付金の使途は、議会審議や議会運営、又は議会活動そのものに係るものではなく、これらに付随する諸々の研究・調査活動等や経費の類であり、これらを知事の権限のもとに服せしめたとしても、県議会の自律性を損なうおそれは少ないことに加え、県公開条例は、実質的な理由に基づく除外事由を定めた規定を有していることからすれば、本件文書①ないし③が文書開示の対象となり得る公文書に該当するとすることが、直ちに県議会の自律性を損なうことにはならないと解される。また、地方自治法の改正についても、従前必ずしも明確な法律的根拠に基づくものであったとはいえない県政調査交付金(地方自治法では「政務調査費」)について、条例による支出根拠を定めなければならないことを定めるとともに、県政調査交付金に係る収入及び支出の透明性を確保するために種々の手続を定めたに止まり、県議会又はその議長に予算執行権限を付与し、県議会の独立性を確認又は確保したものとまではいうことができない。したがって、被告の右の主張も理由がない。

5  争点2について右に判断したところによれば、本件文書①ないし③は、被告の職員が「作成し、又は取得し」、「保有」する文書であるといえるから、県公開条例二条二項の「公文書」に該当するが、本件文書④は、被告の職員が「作成し、又は取得し」た文書とはいうことができないから、県公開条例二条二項の「公文書」に該当しない。

第四  結論

よって、原告の本訴請求は、本件処分のうち、本件文書①ないし③に係る部分は理由があるから認容し、本件文書④に係る部分は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六四条本文、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・山下満、裁判官・杉山順一、裁判官・安部勝)

別紙文書目録

平成九年度及び平成一〇年度の県政調査交付金に関する次の文書

① 交付申請書又はこれに類する文書

② 支出に関する支出金調書又は交付金額のわかる文書

③ 実施報告書又はこれに類する文書

④ 費用の使途に関する領収書又はこれに関する文書

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例